銀英伝ボード
この発言の問題点
みなさんのそれぞれの御意見、読ませてもらいました。それぞれに考え方があって、とりあえずは「聞き(読み)流した」という私の発言は失言だったかも知れません、と言わせていただきます。
しかしながらどうやら私の質問が理解されていないように思います。読ませてもらった御意見については、私自身言われるまでもなく十分にわかっています。それにもかかわらずこの発言を問題視するのは、ヤンがレトリックで誤魔化そうとしているように思うからです。
ヤンは国家と社会を分けていますが、では彼の言う「社会」とは何をさすのか(どのように存在するのか)と考えると二つの考え方があるように思います。つまり「国家の中の社会」なのかまたは「純粋にそれのみで存在する社会」なのかということです。
前者の場合を考えてみると、社会=地域社会となり皆さんが言うような「社会」になると思います。つまり国家=政府によって政治や経済のシステムが決定されその下で社会は享受を与えられる、というものです(だからといって別に政府が偉くて地域社会が劣っていると言うことではない)。もしヤンがこの意味で先のような発言をしたとすると、社会は国家のシステムの中でしか存在しえないので、この時ヤンはまぎれもなく「自分の友人や家族、地域社会さえあれば大丈夫」といった楽観的な「無政府主義」に落ち入っていると考えられます。さらに後者の場合、あるいは前者において地域社会が独立した時について考えるともはや本末転倒です。なぜなら社会が純粋にそれのみで存在する時必ず権力機関や執政機関、すなわち政府機関を設ける必要があるからです。もはやこのような社会は国家と区別することが出来ません。まさかそのような機関を設けずに、社会システム(流通など)を無視した社会(物々交換や刹那的な生活)をヤンが想定しているとは思えません。
要するにヤンの発言は上の二つの視点で考えてみるとどうもその場(査問会)の流れで、適当に出た言葉としか私には思えなかったのです。
・・・しかし、一つの答えらしきものも私には見えるのです。上からの押し付けもなく、民主主義にみられるような平等思想を可能にする、例・の・・・き・・・よ・・さ・・・・・・・ん・・・・・しゅ・・・が・・・。
00/07/25.02:04 がんばれポンティ!?
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